■あらすじ
仕事バリバリの32歳OL、小島五和(こじま さわ)。28歳で最後の恋愛を終えてから、しばらく恋愛なんかしなくていいと思っていた彼女に訪れた30代最初の恋、そして失恋。その相手を見返すために、「恋愛マニュアル」を片手に、日々奮闘していく…

■作者プロフィール
志羽 竜一 1976年生まれ
慶應義塾大学 経済学部卒 東京三菱銀行退行後、三田文學新人賞を受賞してデビュー。
作品:「未来予想図」「アムステルダム・ランチボックス」「シャンペイン・キャデラック」など

※小説内で小島五和が使う「恋愛マニュアル」はNewsCafeトップページ中段リンクから閲覧可能です。

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第14章 モテる覚悟

☆55

「不健康に痩せろなんていちども言った覚えないんだけど」

香月は私の顔を見るなり腕を組んで不機嫌に言った。

「それじゃ痩せたんじゃなくて、やつれてるだけじゃん。不健康に痩せるくらいなら健康的にポッチャリしてるほうがまだ魅力ある」

すいません、と私は素直に謝る。彼女は私になにも言わず勝手に私の分のフレッシュジュースを注文した。ジューサーにかけられたばかりのミックスフルーツが冷えたグラスに入ってすぐに出てくる。私がストローに口をつけている姿を見ながら「仕事にヤラれてんの?」と香月は訊いた。

「いや仕事は順調です。いま傑と一緒に大きなイベントの準備してて」

「あぁ、シャンパンの奴? あのイベント傑も噛んでるんだ」

へぇ、と香月は天井を見上げていった。

「傑、別人のように頑張ってますよ。もしよかったら来てください、傑も喜びますよ」

「そうだね。でも仕事が順調なら……男で凹んでるわけ?」

「ちょっと色んなことがありすぎて、自分でも消化できてないんです……」

「誰とモメたの?」

「……ほぼ全員とモメてます」

私がぼそぼそと言うと香月は椅子にぐっと寄りかかって足を組んだ。

「てことはマサヒロや例の女の子に仕返しはできたんだな?」

「いちおう。でもそのしっぺ返しを喰らってるっていうか」

私はいま身の回りに起っている状況をひとつずつ香月に説明した。香月は黙ったままうなずきもしないで私の話を聞いていた。部署内での噂話や孤立まで話し、「おかげで仕事には集中できてるんですけどね」と私は冗談のように軽く笑って話を終えた。なんだかすこし気持ちが楽になる。ギシギシに詰まっていた心の中身をすこしだけ外に放り投げて、空いたスペースで深呼吸ができた気分だった。

でも香月の表情は曇ったままだった。あのさ、と香月は口を開き、足を組み替えて私をにらんだ。

「五和、そもそもそのエヌキミとマサヒロに痛い目あわすのが目的だったわけじゃん」

「そうですね」

「そいつらをメッタ斬りにして傷つけるの前提だったわけだろ? それをさー、いまごろ私に言われてもって思わね? だいたい私、その目的のために五和に力貸してたんだからさ。私の立場はどうなるっつーわけ? そこ考えないの?」

完璧に、香月の言うとおりだった。

「覚悟しろよ、はじめにも言っただろ。中途半端な覚悟じゃできないってさ。ほんとやめてよ、一番ムカツクんだよね、誰からも好かれたいヤツ。さんざん男を練習相手にして傷つけてきたんじゃん、いまさら『私悪いことしたかな』なんて思うなっつの。そんな偽善には吐き気がする」

「……じゃあ、なにも感じないほうがいいのかな。そんなの、なんか不自然すぎる」

チッチッチ、と彼女は人さし指を天井に向けて揺らす。

「傷つけた、もてあそんだ、非道いことをした、それは認める。でも、そうしたかった。それも覚悟して認めるんだね。自分は非道い女なんだから仕方ないジャン、てさ。

私の店にも前に美晴っていうすっごい嫌な女がいたんだよ。舞台女優やってる綺麗な子なんだけど、すげー金に汚くてさ。自分は金の太い上客握ってるもんだから同僚のキャストとか見下して女王気取りなわけ。私でさえこの女非道いって思うくらいのムカツク女。でも、店内の女の子みんなから嫌われてんのに、自分はお金に汚いからそれでいいの、みたいな悠然とした態度してんだよ。彼女のこと嫌いだったけど、そういう自分の汚さを認めるところは、私も感心してた」

私は自分で非道いことをしてしまったと思う。でも「自分は非道い女だからしかたないの」と肯定できるほど強くはない。ほんとにあきれるくらい中途半端な人間だった。香月が怒るのも当然だ、彼女は私の覚悟を信じてここまで時間を割いてきてくれたのだから。

「……覚悟してたつもりなんだけどな、どんな犠牲を払ったっていいって」

「それは綺麗になる覚悟だろ。五和にそれがあったのは私も認める。でも、私が言ってるのはモテる覚悟だよ」

香月は足を組み替えて私を見やる。

「モテるってのは、遊びじゃないんだよ」

私はなにも答えられない。しばらく香月は黙っていたけれど「ま、わかったよ」と彼女は声色を変えて柔らかい笑顔を作った。

「とりあえず、カノウには時期を見ていちど会ったほうがいいんじゃない? さすがにいま大変だろうし」

「そうですよね。私、自分のことばかり考えてるけど、加納さんだってあんなことされたんだからすごくいやな思いをして……」

「いや違う、雑誌の記事のこと」

は、と私は首を傾げる。香月がなにを指しているのかぜんぜん分からなかった。

「え、サワ知らないの? カノウの店が雑誌出てたの」

「知りません、なんですかそれ」

まいったな、と香月はこめかみを押さえる。加納さんがどうかしたんですか、としつこく尋ねる私に彼女はしぶしぶ口を開いた。

「なんか芸能人の不倫現場に使われてさ、それが雑誌の記事になったんだよ。まったく、悪意だらけの陰湿な記事でさ、その中でカノウの店のことも値段と味が釣り合わないとか、自意識過剰なシェフの店とかってボロクソに書かれてたんだよ。あれじゃあ客足引いちゃって相当大変だと思うけど……」

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