■あらすじ
仕事バリバリの32歳OL、小島五和(こじま さわ)。28歳で最後の恋愛を終えてから、しばらく恋愛なんかしなくていいと思っていた彼女に訪れた30代最初の恋、そして失恋。その相手を見返すために、「恋愛マニュアル」を片手に、日々奮闘していく…

■作者プロフィール
志羽 竜一 1976年生まれ
慶應義塾大学 経済学部卒 東京三菱銀行退行後、三田文學新人賞を受賞してデビュー。
作品:「未来予想図」「アムステルダム・ランチボックス」「シャンペイン・キャデラック」など

※小説内で小島五和が使う「恋愛マニュアル」はNewsCafeトップページ中段リンクから閲覧可能です。

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第12章 恋愛統治政策

☆48

あー、やばい、どうしよう。キラキスからのキラセックス。昌弘さんを罠にはめてる場合じゃなかった。とタクシーで部屋に帰った瞬間後悔した。私は昌弘さんの対応でいっぱいいっぱいになっていたせいで、加納さんとの約束をすっかり忘れていたのだ。せっかく金曜の夜なんだから加納さんと会えば長い時間一緒にいられたのに。昌弘さんとなんか一緒に話してても誰かの悪口とか自分の自慢話を聞かされるだけで全然面白くないけれど、加納さんとならあっという間に時間が過ぎてしまう。とか、考えれば考えるほど自分のしてしまった行動に嫌気がさしてくる。

ミュージカルなんて断ればよかった。

加納さんに会いたかった。

五分でもいいから、彼と一緒にいたかった。

考えれば考えるほど深みにはまっていく。私は加納さんに占領されつつある。こんなことじゃいけない、と気を奮い立たせながらも頭から加納さんの名前を追い出せない。とりあえず無断で約束を破ったことを謝らなくちゃ、絶対に電話しなくちゃ、と翌朝加納さんに連絡を取った。ものすごく緊張した。手に汗を電話ごと握った。

「ほんとうにゴメンなさい!」

私は自分の部屋でひとり、頭を下げながら言った。

「あぁ、気にしなくて結構ですよ。ほら、クリスマスのイベントも近いだろうし、お忙しいの分かっていたから。わざわざお電話ありがとうございます」

加納さんはいつもの穏やかな声で言ってくれた。私はほっと胸をなで下ろす。その瞬間に自分の中の別の気持ちを認めてしまう。たしかに私は加納さんに謝りたかった、けれどそれ以上に、私は加納さんの声をただ聞きたかったのだ。

「あの、加納さん、これに懲りずにまたご一緒していただけますか?」

「そんな。もちろんです。喜んで」

彼の声から好意を感じてしまった私は飛び上がりたくなるほど嬉しくなる。

「それに、実は五和さんにまた報告があって。実は昨夜はそれをお伝えしたくて」

「え、なになに?」

「実はコンクールで決勝まで残って……」

「やったーっ!」

加納さんが最後まで言い終える前に、私はその場で飛び上がった。もちろん信じてたけど、実現するとここまで嬉しいものなんだ。

「やったね、加納さん! ねぇ、それいつなんですか、見に行けます?」

いやそれは、と途端に彼は口ごもる。

「なんだか恥ずかしくて。でもまた五和さんにお祝いして頂けるように頑張ります」

「えぇ、見に行けないのかぁ……ねぇ、もうどんな料理を作るのか決まってるんですか?」

「ぜんぜん。テーマ選びが大事だから真剣に考えなくちゃいけないんですけど、決勝って思うと緊張しちゃってまったくいいテーマ思い浮かばなくて」

「加納さんが一番作りたい料理でいいんじゃないですか? 素人考えですけど……」

「一番作りたい料理かぁ」

そう言ったまま電話の向こうで加納さんは黙り込んでしまう。きっと坊主頭を手でかきながら悩んでいるんだろう。その姿を想像するだけでもラブリーすぎて、私は電話を両手で握ってしまう。

「ほんとに見に行っちゃダメ?」

「ダメです。まだ作る料理も決まってないのにこれ以上緊張させないでください」

ちぇっ、と私はすねてから、自分も加納さんに報告することがあるのを思いだす。

「ねぇ、加納さんと比べると恥ずかしいけど、実は私も……イベントの司会に選ばれちゃって!」

「すごいじゃないですか! うわぁ、華やかなんだろうなぁ。それ見に行けます?」

恥ずかしいからダメです、と言うと私たちは一緒に笑った。

「私たちふたりして、ラッキーオーラ出まくってますね」

「なんだか照れますね」

「ねぇ加納さん、今度またデートできます?」

え、と加納さんが声を出した。私は大胆に加納さんを誘っていた。でもこれもデジタルな表現だ。決して間違ってはいないはず。

「じゃ、じゃあまた週末に走りましょう」

そう言って彼は時間を告げる。やった、と私は嬉しそうに返事をしたけれど、実際はすこし落ち込んだ。せっかく私からデートにと切り出したのに、結局いつものジョギングかぁ。加納さんとの距離は縮まりそうで縮まらない。

こういうときはどうするの? 教えて新海英之! と加納さんと電話を切ったあとあした恋するキス講座をひらいて有用そうな項目を探す。それらしい見出しを見つけると両手を合わせてから講座を読み始めた。

あした恋するキス講座いわく。

☆ライバルは恋を加速させる。でも、存在を教えなければ、いないも同然。

スポーツは競争相手が明確な場合が多い。むしろ競争相手がいなければ成立しないスポーツがほとんどだと言える。仕事においてもライバルはいる。同期がそうであるときもあれば、競合他社がそうなる場合もある。

でも、恋愛においてライバルは見えにくい。

相手が、自分と誰かを比べていることがあったとしても、発覚しにくい。だから普段は自分と相手の二人の関係だけを見てしまう。プレーヤーが本当は三人であっても、なにも知らされなければその恋愛の参加者があたかも自分と相手の二人しかいないと信じ込んでしまう。

実はこれって大きな落とし穴だ。

でももしこれが二人の恋愛なのではなく、三人の恋愛なのだと発覚した場合にはどうなるだろう。この巨大な刺激は、それまで硬直化していた恋愛状況が音を立てて動き出すほどの力があると新海英之は言う。たとえば恋人の浮気が発覚した場合を考えればわかりやすい。そこで本当の自分の気持ちに気がつく人がどれだけ多いことか。別れを決断する人もいれば、裏切られたのを承知でも一緒にいたいと思う人もいる。傑の場合がまさにこれだ。

ライバルカードの提示。それは伝家の宝刀なのだ。

同時に、予想外のことも時として起こりうる諸刃(もろは)の剣でもある。関係が大きく動くといっても、それですべてが終わってしまうことさえあるのだから。

「……とはいえ、まだ恋人関係にない二人の場合には、関係の悪化を引き起こす可能性はそれほど高くないでしょう。自分に好意を持っている人が他にもいる、という表現をするタイミングさえ間違わなければ、ライバルの出現は硬直化した関係を大きく好転させる力があります」

と、そこでいつものように私は自分の立場に置き換える。もし、いま私以外の女の子も加納さんにアプローチをしていたとしたら……とか、考えはじめた0コンマ3秒後くらいに不安と焦りに私の全身は打たれてしまう。いかん、こんなこと自分で考えるもんじゃない、自分で自分の冷静さを奪ってどうするんだ。

逆に、私にアプローチをかけている人が他にいると知ったとき、加納さんがどう感じるか、どう動くか。今回はここが大事なのだ。

「加えて、このライバル出現というイベントは、相手の人間性をおしはかることのできるイベントでもあります。

もし、相手と相思相愛の恋愛にまで関係が発展し、結婚に達し、その後で彼のもとからあなたを奪おうとするライバルが出現したとします。そのときあなたは彼にどのように行動を取ってもらいたいでしょうか。

そっと見守る人、身を引く人、奮起する人、どんなタイプが好きかは人それぞれでしょうが、いずれにせよこの交際前のライバルの出現は、相手の資質をおしはかるいい機会にもなるのです」

だからこれはリスクじゃない。むしろ将来のリスクを軽減するためのサンプルテスト。加納さんなら相手に不足はない。昌弘さんと寝てしまったのは私としては痛恨のミスだけど、このピンチをチャンスに活かさなくては。

私は自分に言い聞かせる。これだって練習の一環に過ぎないのだ。

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