■あらすじ
仕事バリバリの32歳OL、小島五和(こじま さわ)。28歳で最後の恋愛を終えてから、しばらく恋愛なんかしなくていいと思っていた彼女に訪れた30代最初の恋、そして失恋。その相手を見返すために、「恋愛マニュアル」を片手に、日々奮闘していく…
■作者プロフィール
志羽 竜一 1976年生まれ
慶應義塾大学 経済学部卒 東京三菱銀行退行後、三田文學新人賞を受賞してデビュー。
作品:「未来予想図」「アムステルダム・ランチボックス」「シャンペイン・キャデラック」など
※小説内で小島五和が使う「恋愛マニュアル」はNewsCafeトップページ中段リンクから閲覧可能です。
☆38
翌日、紀美子は会社を休んだ。
体調不良という連絡があったらしい。昌弘さんとどういうやりとりがあったのか知らないけれど、かなり堪(こた)えているようだった。いい気味だ、と思いながらもどこかで私は後ろめたさを感じてしまう。私が、わざわざ、傷つけたのだから。
とはいえ紀美子はまだ二十六。十代ほどの回復力はないにせよ、二十代なら恋愛で深く傷つこうが、まだまだ自力で回復できるはず。若いうちにたくさん恋愛をしておきなさいとはよく言うけれど、それは大人になってからでは傷つくのが怖くてもう大恋愛などできないからだ。
じゃあ昌弘さんの様子はどうなんだ、とコーヒーを買いに行くついでに営業部の前まで行ってみると、部内の派遣社員の女の子と楽しげに会話している姿が見えた。似たもの同士とはいえ昌弘さんの方が年上のぶん紀美子より何枚も上手なのだ。
「悪ぃ、今夜キャンセルさせて」
傑から内線がかかってきたのは午後三時も過ぎたあたりだった。
「なによ、いまごろ。加納さんにも無理言って席取って貰っちゃったんだよ」
「いや、ほんとうにすまん」
傑の声は私がそれ以上文句を言うのをためらうくらい、やつれていた。
「……なにかあったの?」
「今夜、嫁と会わなきゃいけなくなった」
私の持っている受話器まで重くなりそうな声で傑は言った。もしかして、香月砲が祐理さんめがけて発射されたんじゃないか、と私は血が凍るような思いになる。
「あの、大丈夫?」
「いや、心配させて悪ぃな。なんもないよ。今後の離婚のスケジューリング話してくるだけだ。どうせ別れるんだから早く弁護士でもなんでも用意しろって感じだけどさ」
「……」
「五和がしてるみたいな恋愛ゲームじゃないからな、別れるにしてもいろいろややこしいんだ」
そう言ってから彼は自分の言葉を思いかえしたのか「すまん」と謝った。私はなんとなく、傑はまだ祐理さんのことが好きなんだろうな、と思った。口ではもう別れるとか終わったとか言ってるけれど、彼の内側にはまだ祐理さんへの想いが深く根を張っているのだ。
「とにかくせっかくの祝勝会なのにすまん。シャンパン飲み逃がしちまったよ」
「いいのよ、どうせ傑の奢りなんだから」
あ、やっぱり、と傑は笑う。
「それにしても予約とれたんだな、カノウ」
「うん。遅くに加納さんに電話しちゃたんだけど、お祝いだっていったら席開けてくれた」
「いや、そうじゃなくて」
今日って第四水曜日だろ、と傑は確認する。
「カノウって今日休みじゃなかったっけ?」