■あらすじ
仕事バリバリの32歳OL、小島五和(こじま さわ)。28歳で最後の恋愛を終えてから、しばらく恋愛なんかしなくていいと思っていた彼女に訪れた30代最初の恋、そして失恋。その相手を見返すために、「恋愛マニュアル」を片手に、日々奮闘していく…

■作者プロフィール
志羽 竜一 1976年生まれ
慶應義塾大学 経済学部卒 東京三菱銀行退行後、三田文學新人賞を受賞してデビュー。
作品:「未来予想図」「アムステルダム・ランチボックス」「シャンペイン・キャデラック」など

※小説内で小島五和が使う「恋愛マニュアル」はNewsCafeトップページ中段リンクから閲覧可能です。

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第10章 大作戦

☆37

「祝勝解するよ、祝勝会!」

「五和、それってまさか」

「そう、そのまさか! すごくない、すごくないっ?」

信じられん、と電話の奥で傑(すぐる)は呟いた。

さっきまで一緒にいた昌弘さんとの会話を一部始終話すと、電話口で傑は心底驚いた声を出し「人間、不可能は無いんだな」とずいぶん失礼な言い回しの祝福をした。

「明日の夜、加納さんのお店でいいでしょ」

「いいけどさ。それより、お前返事はどうしたの」

「まだしてないわよ。どっちみちつき合う気ないんだし。もうすこし練習相手にして実験してみてからズバァッと切る。どれだけやってもいいのよ、だって同時に紀美子にも仕返ししてることになるんだから」

「……女って怖ぇ」

「そうよ。私たちをナメないで」

私だって香月(かづき)と比べたらまだまだビギナーだ。

「まぁお前も非道い目にあったし、そのぶん頑張ったしな」

傑がしみじみと言った。

「でもそのぶん仕事が相当おろそからしいな。営業部にまで聞こえてきたぜ、最近お前が職務怠慢気味だって」

「仕事を犠牲にして勝ち取った勝利なのよ」

部屋に帰ってきたばかりの私はペットボトルからフランスの硬水を取りだしてごくごくと一気飲みする。そう、私は頑張ったのだ。

でも不思議だった。

別れ際の彼の顔を思いだす。キスしようと彼が寄せてきた整った顔。その顔をじっと見ながら、この人のこと、すごく好きだったんだよなぁって冷静に考えてた。恋しくて恋しくて仕方なかったんだよなぁって。でも、どんどん近づいてくる顔を見ても私はなにも感じなかった。逆にますます白けてくる、超冷静。この人のことを自分はもう好きになることがないって、あの助手席ではじめて確信した。

傑と電話を切るとすぐに加納さんに電話を入れた。カノウの営業時間は終わっていたので、遅い時間で恐縮しつつも加納さんの携帯電話に連絡した。

「明日……ですか」

加納さんの声が一瞬途切れたのを聞いて、さすがに予約一杯だよなぁ、というより非常識だよなぁ私、とすぐに反省した。私は昌弘さんのことがあってテンションが高いまま電話しちゃったけれど、深夜零時を回っているのにいきなり電話して明日の予約したいなんて無礼にもほどがある。

「いや、忘れてください、すいませんでした。明日はちょっとしたお祝いだったもんで、もし加納さんの所でできたら、と思っちゃったんです。遅くにすいませんでした」

「いやちょっと待って! 明日、構いませんよ。お祝いの場所に選んでいただけるなんて、それくらい嬉しいことはありませんよ。お席のことはご心配なく。二名様ですか」

「はい、どうもありがとうございます!」

ついてるときは、ついてるもんだ。そして持つべきものは友達なのだ。私は心を浮つかせながら化粧を落とす。いまの電話が、はじめて加納さんに直接した電話だということも、私はしばらく気がつかなかった。

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