■あらすじ
仕事バリバリの32歳OL、小島五和(こじま さわ)。28歳で最後の恋愛を終えてから、しばらく恋愛なんかしなくていいと思っていた彼女に訪れた30代最初の恋、そして失恋。その相手を見返すために、「恋愛マニュアル」を片手に、日々奮闘していく…

■作者プロフィール
志羽 竜一 1976年生まれ
慶應義塾大学 経済学部卒 東京三菱銀行退行後、三田文學新人賞を受賞してデビュー。
作品:「未来予想図」「アムステルダム・ランチボックス」「シャンペイン・キャデラック」など

※小説内で小島五和が使う「恋愛マニュアル」はNewsCafeトップページ中段リンクから閲覧可能です。

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第9章 やっぱ好きだったんだ

☆33

「ちょっと、情けないと思わないの? あんな奴に笑われてるのよ」

お箸を置いた手で私はテーブルを叩いた。

「別にぃ。オレ、運とかツキとか信じてないし」

「じゃあ実力がないって思われちゃうじゃない」

「だから、オレには仕事の実力なんてないんだよ」

傑は十割蕎麦がこぼれないようにつゆに入れながら言った。

「だいたい五和こそそんな奴のこと、素敵、とかキラキラしながら言ってたんじゃん」

「だからこうして見返してやろうとしてるんでしょ。これは私の仕返しであり、傑の弔い合戦なのよ」

オレ死んでないけどね、と傑はあくびする。

お昼時の蕎麦屋は客でにぎわっていた。私はもう食べ終わっているのに、ぐずぐずと傑は伸びきったそばに箸をつけている。

「ならもう充分だよ。もうあんな男に構うなって。他に男見つけろ、男」

「デートならしてるもん」

私は胸を張って答える。

「へぇ、加納さんとも?」

「ちょっと! な、なんで加納さんが出てくるのよ」

私は自分でも意外なほど動揺した。

「はは、やっぱ好きだったんだ加納さんのこと」

「そ、そんなわけないでしょ」

「ならなんでそんなに慌ててんだよ」

「急に傑が変なこと言うからでしょ!」

「あそう。オレはてっきり五和は加納さんのこと好きだと思ってたけどね。それにしてもなんで加納さんが五和のこと好きなのかわからないんだよなぁ」

頭から湯気が出そうなほど私の体は熱くなった。自分のグラスを飲み干すと、傑のグラスに手を伸ばして水を飲んだ。加納さんが私を気に入っているだなんて想像もしたことがない。と、そのとき私の変化に一番最初に気づいてくれたのが加納さんであることを思いだした。そのことで私が嬉しかったことも。

まさか。と私は首を振る。

「ただの勘違いよ。ただ加納さんを練習相手にするなんて失礼な気がするだけなの」

「それって、好きだってことだろ。はは、可愛いな五和。お前、自分でも加納さんのこと好きだって気づいてないんだ。加納さん、いいじゃん、オレもあの人好きだし」

「だから違うって! もうこの話はおしまい!」

ふん、と傑は口元に笑みを浮かべる。

「でもな。言っとくけどさ、マニュアル使うのもほどほどにしとけよ。五和が綺麗になる努力してるのは認めるし、偉いと思うけど、それ以外のマニュアルの主張は気にくわねぇ。効果だって信じられないね。それこそツキとか運の部類だろ。そんなもん長続きしねぇよ」

「私は確実に変わっているの。昌弘さんからデートを誘われるようになったのもその証拠よ。傑もやってみなさいよ、奥さんと仲直りできるかもよ」

そばを食べようとしていた傑の手が一瞬止まる。彼は箸をテーブルに置くと、ごちそうさま、とつぶやいた。

「ぜんぜん食べてないじゃない。ダイエット中?」

「ちがうけど。よく考えたら腹減ってなかったわ」

なによそれ、と私は呆れて傑の顔を見る。たしかに、ちょっと彼は痩せたかもしれない。健康的ではなく、不健康に。

「いまさらどうにもならないよ」

傑が言って、それがしばらく奥さんのことだと気づかなかった。

「わからないじゃない。傑が女遊びやめて、祐理さんにしっかり謝ってさ」

「女遊びをやめる?」

彼は目を細めて私を睨んだ。

「どうせそれが別居の原因なんでしょ」

髪を手でくしゃくしゃにかき回すと傑は舌打ちした。

「五和には関係ない」

「関係あるわよ。香月に別居のこと言うなとか口止めされてんだから」

「たく、紹介なんかしなきゃよかった」

伝票を持って席を立つ。いつになくイライラとしていた。

傑のせいろの上にはまだ半分以上も蕎麦が残っていた。

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