■あらすじ
仕事バリバリの32歳OL、小島五和(こじま さわ)。28歳で最後の恋愛を終えてから、しばらく恋愛なんかしなくていいと思っていた彼女に訪れた30代最初の恋、そして失恋。その相手を見返すために、「恋愛マニュアル」を片手に、日々奮闘していく…

■作者プロフィール
志羽 竜一 1976年生まれ
慶應義塾大学 経済学部卒 東京三菱銀行退行後、三田文學新人賞を受賞してデビュー。
作品:「未来予想図」「アムステルダム・ランチボックス」「シャンペイン・キャデラック」など

※小説内で小島五和が使う「恋愛マニュアル」はNewsCafeトップページ中段リンクから閲覧可能です。

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第7章 年上、好きだよ

☆24

あした恋するキス講座いわく。

☆あらゆるコミュニケーションは、自分から終わらせること

ここからは実践練習らしい。

いままでの連絡先を訊く練習もたしかに実践ではあったけれど、その意味はスタート地点の確認と、あとは「練習」という意識をしっかりと身につけるためにあったようだ。

で、なんの実践かというと、異性とのやり取りの実践。

容姿を磨く努力は怠らず、その上でどんどんコミュニケーション技術の上達もはからなくちゃいけない。これもまた、実際に練習をしていかないと身につかないという。

「いまから説明するコミュニケーション技術はすべて、冒頭に述べた戦略の定義に基づいています。つまり、自分の思考を占領されないまま、いかにして相手の思考を占領するか、ということを最大の目的とします。忘れてしまった方は読みかえしてみると良いでしょう」

私は三つの定義を読みかえすと、再びその先に進んだ。

「コミュニケーションの基本は、自分がボールを持った状態で会話を終わらせることです」

新海英之は言う、メールも電話もデートも、基本的には同じだと。

たとえば夜にメールのやり取りをしていたとして、最後に相手がメールを自分に送った状態で、そのやりとりを終わりにするらしい。簡単に言うと

男「今日は楽しかったね」

女「私も。ありがとう」

男「おやすみ」

で、返事を出さない。私なら出したい「おやすみ(ハート)」とハートマークまでつけたい。でもあした恋するキス講座では、そのメールを出すなという。

でもさ、と私は思う。おやすみくらいならまだしも、返事が必要なメールだってある。

男「今度ご飯食べようよ。空いてる日ってある?」

女「楽しみ。来週の水曜か金曜の夜なら平気」

男「じゃあ、金曜の夜でいいかな?」

で、返事を出さない。新海英之、お前正気か、と私は疑いたくなる。

「当然相手は、あれ返事は? とあなたの返信を待つようになります」

ここがポイントらしい。返信を待つあいだ相手は自分のことを考えるようになる。それがたとえわずかな時間であろうと、相手の思考の円グラフに自分の名前を書き込める。このような小さなポイントを稼いでいくことが後々大きく響いてくる。

よく考えれば私はいままでまったく逆の行動を取っていた。

昌弘さんのメールを待ってしまうのも、よく考えれば私が最後にメールを打ったからだ。私は無意識のうちに自分で自分の首を絞めていた。メール着信があるたびに「昌弘さんからかも」と携帯電話に飛びついていた自分が切ない。

だからこそ、その逆も同じ。相手がメールを打って終わった会話なら、その相手は意識的であろうと無意識的にであろうと、自分の返事を待つようになるのだ。

「とくに一日の最後にやりとりするメールは、相手がメールを出したところで終わりにすることを心がけてください。緊急でない用件であれば、その返事は翌日の朝か昼でも問題ないはずです」

この「待たせる技術は」上達すればするほど相手の思考グラフに自分の名前を書き込みやすくなるという。いわゆる小悪魔と呼ばれる女の子たちは先天的にこの技術に長けている。上手に待たせることで“不快”ではなく“不安”をすり込むらしい。

押して、引く。

自分の好意を相手に知られてもリスクじゃない。

でも、大胆に相手を待たせる。

なるほど。そうして相手の思考グラフに自分の名前をどんどん書き込んでいくのか。小悪魔、すごいな。こんなことを無意識にできてるとしたら、もう私とは生きている世界そのものが違うだろう。恋愛の天才。でも私のような凡人はこつこつ練習を積み上げ、体で覚えていくしかない。

ここで私は前の項目で新海英之が言っていた「別れ際には『連絡するね』のひと言も忘れないように」という言葉を思いだす。これも待たせる技術のひとつだった。そのうえ連絡しなくても別に自分には問題なく、恋愛リスクがなにもないのだ。

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