■あらすじ
仕事バリバリの32歳OL、小島五和(こじま さわ)。28歳で最後の恋愛を終えてから、しばらく恋愛なんかしなくていいと思っていた彼女に訪れた30代最初の恋、そして失恋。その相手を見返すために、「恋愛マニュアル」を片手に、日々奮闘していく…

■作者プロフィール
志羽 竜一 1976年生まれ
慶應義塾大学 経済学部卒 東京三菱銀行退行後、三田文學新人賞を受賞してデビュー。
作品:「未来予想図」「アムステルダム・ランチボックス」「シャンペイン・キャデラック」など

※小説内で小島五和が使う「恋愛マニュアル」はNewsCafeトップページ中段リンクから閲覧可能です。

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第5章 美人になりたい

☆17

あした恋するキス講座いわく。

☆誰しも、容姿を受け入れられない異性とは、恋に落ちない


母親との電話で雲がかかってしまった気分を一新しようとして開いたあした恋するキス講座は、私の気をよけいに落ち込ませた。

綺麗になれ、と。

そんなことは分かってる。自分がもっと綺麗だったら、もっと胸があったら、足が細かったら、きっと世界は丸ごと変わってた。そんなことは世の乙女は中学時代までにひとり残らず悟りきるんだ。しかも新海英之は言うに事欠いて、

「周知の通り、男性はまず外見で女性を判断します

とはじめる。いきなり出だしから乙女の夢や希望を粉々に打ち砕く。たとえそれが真実だとしてもそこはみんな大人なんだし、ささ、ここはみなさん穏便(おんびん)に、お互いそのことは心に秘めておきましょう、としておけばいいんじゃんか!

「容姿が受け入れられない相手に、はじめから恋愛感情を抱くことはまずないと言っていいでしょう。男性があなたの人間性に触れるのは、まず『容姿』という最初のゲートをくぐった後なのです。

あなたはこの(周知の)事実を不快に思うかも知れません。

でも、どうしても容姿の受け入れられない男性に対して、あなたは簡単に恋愛感情を持てるでしょうか」

ごめんなさい、としか言えない。

私は男の外見にこだわらない、といってもそりゃ私にだって好みはあるし、この人とはどうやってもキスできない、と思う人はいる。

「大事なことは、容姿を受け入れてもらえずに、自分の人間性だけで相手を恋愛状態にもっていくのは至難の業(わざ)ということ。それよりも、自分の容姿を磨いた方が遙かに近道なのです」

なるほど。なにもミスユニバースに選ばれろ、とかそういうレベルの話じゃない。でもいまよりも綺麗になる必要はある。やっぱり、モテる女になるためには、ここは避けて通れないのか。予想はしていたけれど、どうしても気後れしてしまう。果たして自分にできるだろうか。

新海英之は言う、登山と一緒で「近道」イコール「楽な道」ではない。

けれど、覚悟があれば誰にも進める道であると。

「いまから記すのは、綺麗になるための方法論です。

多くの人は、特に慣れていない人がつまずいてしまうのは容姿の磨き方です。ダイエットをする、エステに行く、美容院に行く、ネイルに行く。それは思いつくけれど、お店から出てきたところで、なんとなく変わったかも、くらいの実感しかないでしょう。画期的に容姿が磨かれることは起こりません。なぜならそれが、正しい容姿の磨き方ではないからです。本当に容姿を磨きたいのであれば、容姿を作り上げているものを理解しなければなりません……」

とまたちょうどいいところで文章は終わっている。

私は仕方なくデジカメを用意する。テーブルに空の段ボールを置いて高さを調節した。自分の姿見を撮影するのだ。前回と同じように、自分のスタート地点を確認しておくらしい。写真だなんて、となんとなくバカバカしい気分にもなり、私はジョギングをしたままのTシャツとジャージ姿で写真を撮る。一瞬、先にシャワー浴びようかなと思ったけれど、ここまで用意してしまったのですぐにセルフタイマーを押した。

ディスプレイに写っていたのは、ノーメイクの、まだ汗も流していない、髪の毛がぼさぼさの三十二歳の私だった。

また誰にも見せたくない写真が一枚増えた。

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